わく☆すた,美月です。
勉強法についていろいろ話していて,自分が結構昔(多分中学生ぐらい)から,ずっと心がけてきた,というか陥らないようにずっと警戒していたことを思い出しました。
それは,「勉強した気」になってしまう,実質勉強になってないことはやらない,ということです。
「勉強した気」の勉強をして非効率になると成績が下がる,と考えていて,勉強した気になるのをすごく怖れていました。
実際,やってしまって後悔したもの,つまり,やることで他のことに手が回らず,却って成績が落ちたと感じたものには,以下のようなものがあります。

 ・数学の難問を机に向かってずっと考え続ける
 ・きれいでカラフルなサブノートを作る
 ・教科書を丸写しする
 ・本や教科書を蛍光ペンでカラフルに彩る

親や先生に「勉強しているね~」と言われるためには,これらの方法はとっても有効です。
一生懸命ノートを作っている姿は,親にはほほえましく,「頑張ってるね。夜食でも作ってあげようか。」という気になると思います。
ただ,こういうことばっかりやってると,努力の割に成績は伸びないです。それで,「勉強したのにできなかった。自分は頭が悪いんだ」ということで自信を失い,悪循環に陥ることが多いです。
数学の問題で行き詰まった時には,机で悩んでいてもまず答えは見えてきません。ムダに多くの時間を送るだけです。こういうときに必要なのは発想の転換なので,散歩したりスポーツしたり,お風呂に入ったりマンガを読んだりして遊んだ方が解法は浮かびやすいです。
もう一つ,発想の転換の他に私が良くやったのは,「見切り法」です。これは,ハマトンの古典的名著「知的生活」という本で書かれていた,仕事を仕上げるために必要な考え方で,ある程度の時間を決めて,それを超えたらあきらめる,というものです。
私はよく,数学の問題を悩むのは30分までと決めていました。もちろん,作業的な話で30分で終わらない,というのなら話は別ですが,30分たっても解法の糸口が見つからない問題はあきらめて答えをみました。実際,途中であきらめることで,他の問題にも手をつけることができ,実際の勉強量が増えます。わからない問題にこだわっていると,全範囲の勉強ができず,結局点数が取れない,ということにつながります。
「最後まであきらめない」という美徳は,勉強においては逆に足かせになることが多いように思います。やりたければやってもいいと思いますが,考え続けるのがイヤだったら,さっさとやめてしまうのも一つの方法です。完璧に全部やる必要はないですが,8割原則で,できないものは適当に飛ばして次に行っても,そのうちできるようになることが多いです。
ノート系の話は,以前のブログ「ノートの取り方は人それぞれ」あたりで書いていますが,「きれいに書き写す」といった類の行為は,結構自己満足で終わりがちなので,なるべくやらないようにしています。
蛍光ペンでの色分けは,一時はかなり凝っていたのですが,塗っただけでは頭に入らないし,やりすぎると目がチカチカしてくるのでやめました。
「書き写す」動作は,私には向いていないというだけなので,これが有効な人はやってください。このあたりは,向き不向きもあるし,得意の感覚器官というのもあると思いますので,一概には言えないとは思います。
私は,中途半端に1度書いたぐらいで放置すると,完全に忘れてしまうことが多いです。「書き写す」だけの勉強が非効率なのは,1回書いただけでは覚えられないけど,何度も繰り返してはなかなかできないからです。読むより書く方が頭に入りやすいのは確かですが,1回書くよりは,100回読んだ方が頭には入ります。ですので,私は覚える時には,声を出して読むことをひたすら繰り返します。声が出せない時は,頭の中で一生懸命黙読を繰り返しています。
先ほどのハマトンの知的生活では,「時間を空費させるもっとも大きな敵は,下手な勉強だ」と言っています。
勉強せずに遊んでしまった,というのなら,後悔もしますし,それが次の原動力になります。でも,「自分は勉強をしている」という気で実は勉強していないというのは気づきにくく,成果が出ないため段々モチベーションも下がっていきます。
「勉強してるのになんか伸びないなぁ」という方は,自分の頭を疑う前に,まず一度,やり方を振り返ってみてください。